極論かもしれないが、旅をするなら本当は“ひとり“がいい。
なぜなら、断然自由度が違うから。
わたしと夫は、共に旅好きであるにもかかわらず、娘②と息子の卒業旅行でイタリア周遊した家族旅行を最後に、ここ十年以上一緒に旅をしていない。
夫と何が合わないかって、ホテル選びから食に関することまで一貫して考え方が違いすぎて…一緒に出掛けわざわざ大枚をはたいてまでイライラするくらいなら、家でひとりで昼寝でもしていたほうがマシだと思ってしまう。
ちなみに、このブログによく登場するママ友や鉄子とは、お互い概ねストレスを感じることなく一緒に旅が出来るという得難い関係を築けていると思っている。
この記事を読んで自分は違うと感じる方もいらっしゃるかもしれないが、わたしは旅とは、
『郷にいれば郷に従え』
と思っていて、内外問わず、「何処そこではこうだった、ああだった」と言いだせばきりが無いことを論うような人を見ると、それなら旅行なんかしなければいいと思ってしまう。まずここは“自分の庭“ではないということで、自分の思い通りにならないことが当たり前だと思っておいたほうがきっと楽になれる。なので旅先では、自分の取るに足らない先入観など全て忘れ、その土地の文化や習慣や食を常に新鮮な気持ちで楽しみたいと常々思っている。
とくに最近は、アクティビティ的なツアーに参加することはあっても、出発から解散まで、他のグループと足並みを揃えなければならないツアーに参加したいとは全く思わない。
なぜなら必ず集合時間に遅れる人はいるし、特に海外ツアーの場合、食事もハズレる場合も多く、それゆえ他人の愚痴や不満を延々と聞かされたり、これはおばさんのグループによくありがちなことなのだが、自分たちに関心のない観光地の説明になるとガイドの声が聞こえないくらいの大きな声で雑談を始めるなんて人たちまでいる。
実際、他の誰かが、自分が参加したツアーや旅先について、『こんなところは行かなくてもいいのに』とか、『〇〇は要らない。あれも嫌い、これも好まない。』ひいてはその土地の名物にまで言及し、『わたしは心惹かれない』など宣っているのを聞いてしまうと、どうしてこの人は、いちいち文句を言わないと気が済まないのかしら?と理解に苦しむ。
くどいようだが、そのツアーにしろ、旅先にしろ、その人が選んだ旅であって、誰かに無理やり拉致されて連れていかれたものではないだろう。はっきり言ってそんな人とは、お金を貰っても旅なんかしたくない。
そういえば先日、わたしの価値観についての記事で、いろいろとゴタゴタしたことがあった。しかしそれは、単純にお互いの捉え方の違いに端を発したにすぎず、本来何らわだかまりの原因があった訳ではなかったので一件落着となった。
ただ依然として、わたしの中のもやもやが燻り続けている。要は何が言いたいかというと、価値観の違いとか、マナー違反とかそんな曖昧なものではなく、これは明らかに、それを言われた側からすると、完全な言いがかりだったり、誤解だっり、事実の誤認だったりすることは、指摘するべきではないかと思うのだ。
たとえば今問題視されているカスハラ。
最近とあるSNSのコメント欄での会話をみて驚いた。これは北海道にお住まいの方とのやり取り。
A: こちらでもホッケを売っていますが、焼くと身がボロボロになり、いまイチでした。B: > Aさん 息子たちも、脂がなくて干からびたホッケしかないと言っていました~
わたしは神奈川県の割と海に近い観光地に住んでいるが、近所のスーパーで、“脂がなくて干からびたホッケ“など今まで一度も見たことがない。言わんや、日本全国からマグロをはじめとする水産物や野菜が集まる日本の台所としての豊洲市場を有する東京ならば、そのプライドにかけても、“干からびたホッケ“を仕入れるお店があるとは思えない。
ここでBさんの息子さんたちが、内地で、どのような状況でホッケを召し上がったのか知る由もないが、炉端焼きなど炭火でじっくり焼き上げられたものと、家庭のグリルなどで焼かれたものを比較して語っていたとしたらそもそも無理がある。
Bさん、よほど北海道愛が強いと見える。わたしも、旅行で何度か北海道に行っていて、自然豊かで、野菜・果物・魚介類も豊富で新鮮、乳製品がとっても美味しいのは、Oisixでお取り寄せもしているので、よーく分かっているつもり。
でもだからと言って、“(内地には)脂がなくて干からびたホッケしかない“などと確たる証拠も示さずに言うべきことではないだろう。
確かにほとんどの日本人が北海道好きで、物産展はいつも大人気。だからと言って“ごく一部の道民“が、内地の食を貶めるような発言をしてもいいことにはならないだろう。
Bさんが北海道を愛するのと同じように、わたしはむしろ、内地とか外地とか関係なく、日本てなんて素晴らしい国なんだろうと海外に出掛ける度に思っていた。
なぜなら、そこには四季があり、ワンコインでそこそこ美味しいものが食べられて、行列しても整然と並んで待っていられる国民性。そして女性が夜中に1人で歩いていても、ほとんど危険を感じることがなく、電車で居眠りしていても物を盗られる心配がない。この日本人にとって当たり前のことが、実は全然当たり前じゃないことを、知らない人が多すぎることがむしろ悲しかったぐらい。
しかし今はこんなかつての日本が失われつつあると感じている。年々四季の境目がなくなってきて、インバウンドや円安による原材料高騰で物価は右肩上がり。それなのに少しの値上がりで文句ばかり言って生産者や個人商店や企業の苦労は見て見ぬふりをする人のなんと多いこと。
それでいて、社会的地位の高い人や有名人、声の大きい人がどんな出鱈目なことをしてもそれを正すどころか、一緒になって弱い者イジメをして日頃のウサを晴らしているような“悪趣味な人“が増殖している。
はっきり言ってわたしは、『内地には、脂がなくて干からびたホッケしかない』なんて言われて、笑っていられるほどお人好しではない。むしろそんな流言飛語を流す輩には、“干からびたホッケの画像“をどうぞアップしてとお願いしたいぐらいだ。
ちなみに、世の中にはリップサービスという言葉があって、とくにSNS上のやり取りだと当たり障りのないことを書いているほうが、お互い楽なこともあり、つい耳障りのいい言葉ばかりが使われがちである。
確かに、北海道っていいところだと思う。しかし旅好きなわたしでも、たとえばフランスやスペインがとてもお気に入りだとしても、住んでみたいかと聞かれたらYESと即答出来ないように、北海道も、たまに旅行する分にはいいけれど、住みたいかと聞かれたら、おそらくNOと答えるだろう。
なぜなら“冬が長くて寒すぎ“て、“冬越し出来ない植物が多すぎ“て、ガーデニングが趣味なわたしにはなかなかハードルが高い土地柄だから。
そしておそらく、他の北海道大好きと言ってる方々の中でも、“住みたいと思う人“って一体どれくらいいるのかしら?なんて想像すると…まあね(^_^;)っと言葉を濁す人が大半だろう。
これ以上は、“言わぬが花“ってことで…本日はこれにて終了(^^)
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